東京地方裁判所 昭和61年(ヨ)2020号 決定 1986年8月01日
債権者 山口唱子
<ほか二名>
右債権者ら代理人弁護士 保田行雄
債務者 真宗一心山昌玲寺
右代表者代表役員 藤村公久
<ほか一名>
右債務者ら代理人弁護士 遠藤直哉
同 萬場友章
同 牧野茂
同 竹岡八重子
主文
債権者らの本件仮処分申請をいずれも却下する。
訴訟費用は、債権者らの負担とする。
理由
第一申請の趣旨及び理由の要旨
別紙記載のとおりである。
第二当裁判所の判断
一 債権者らは、本件仮処分において、債務者藤村の債務者宗教法人真宗一心山昌玲寺(以下「昌玲寺」という。)における代表役員としての職務の執行停止と、代行者の選任を求めているが、本件仮処分の本案訴訟は、債務者藤村の昌玲寺における代表役員地位不存在確認の訴であるから、以下、同債務者の昌玲寺における代表役員の地位の存否について検討する。
1 本件疎明資料によると、昌玲寺規則に「代表役員を住職という。」(七条)、「住職は世襲とする。」(八条一項)と規定されていること、申請外山口昌玲は、昌玲寺の代表役員及び住職であったこと、同人は、昭和五九年三月一三日死亡したこと、債務者藤村は、山口昌玲の嫡出子であること、
以上の各事実が一応認められる。
2 ところで、債権者らは、住職は世襲とするとの右規則の解釈にあたっても、住職とは寺の主長である僧をいうものであって、昌玲寺の住職であるためには、血統とともに、昌玲寺派の僧侶であることを要する旨主張している。
そこで、まず、昌玲寺規則及び昌玲寺の包括宗教団体である真宗一心山昌玲寺派(以下「昌玲寺派」という。)規則をみるに、昌玲寺規則の「代表役員を住職という。」との規定(七条)は、代表役員には住職の地位にあるものをもって充てるとするものであって、理論上は区別して考えることができる宗教法人の管理上の地位である代表役員と宗教活動上の地位である住職との未分化を示しているとみられるほか、代表役員の代務者はこの宗派の教師の職にある者から任命され(同規則一三条一項)、教師はこの宗派の代表役員が任命する(同規則一六条三項)とされており、また昌玲寺派規則では、代表役員を管長といい(同規則六条)、管長は昌玲寺の住職にある者をもって充て(同規則七条一項)、代表役員の代務者はこの宗派の教師の職にある者のうちから選出される(同規則一二条)と規定されているのであって、これらの規則全体を総合的に解釈すると、昌玲寺の住職の地位にあることの前提として、昌玲寺派の僧侶であることが要求されていると解することができる。
しかしながら、本件疎明資料及び審尋の結果によると、山口昌玲は、浄土真宗本願寺派(以下「西本願寺派」という。)の中央仏教学院を卒業していること、同人は、もと、西本願寺派の僧籍を有し、同派の教師であったこと、同人は、昭和二九年三月昌玲寺派を興し、以後昌玲寺の代表役員及び住職として宗教活動を行ってきたこと、昌玲寺派創設以来、同派に属する寺院としては昌玲寺が唯一の寺院として存在したこと、山口昌玲が死亡するまで同派の僧侶として実際に宗教活動を行っていた者は、同人唯一人であること、阿弥陀如来を本尊として親鸞聖人の教法を広めるとの昌玲寺及び昌玲寺派の目的は、宗教法人の規則上山口昌玲がかつて僧籍を有していた西本願寺派のそれと異なるところはないこと、山口昌玲は、債権者山口唱子に対し、西本願寺派の東京仏教学院で学ぶことを強く勧め、昭和四一年、同債権者を同学院に入学させていること、翌四二年ころ昌玲寺で撮影した記念写真中には西本願寺派の僧侶が最前列の中央で山口昌玲、債権者山口唱子にはさまれる形で座している姿が写されていること、山口昌玲は、昭和五三年、前記中央仏教学院を訪れて学生とも懇談し、同学院に寄附をしていること、債務者藤村は、右中央仏教学院を卒業して、西本願寺派の僧侶となり、昭和四〇年ころまでに、西本願寺派の教師、布教使、学階、巡讃その他の資格を取得していること、以上の各事実が一応認められる。
右事実関係からすると、山口昌玲が、西本願寺派から離れて昌玲寺派を興した。あるいは同派に属する昌玲寺の住職となったといっても、同人の宗教活動に特段の変化はみられず、西本願寺派という宗教法人の管理面において同派の僧侶としての拘束を受けなくなったということ以外は、西本願寺派と従前の関係を維持継続していたことが窺われ、また、昌玲寺派といっても、目的は西本願寺派のそれと異なるところはなく、昌玲寺派の僧侶としては山口昌玲が唯一人西本願寺派と同じ目的の下で宗教活動を行っていたのであって、結局、山口昌玲は、宗教法人の管理面において西本願寺派との包括関係を消滅させたにすぎず、昌玲寺派といっても西本願寺派とその根源は全く同一であるとみるのが相当であり、このような西本願寺派と昌玲寺派の関係に前記認定の債務者藤村の経歴を合わせ考えると、同債務者が昌玲寺規則上要求されている昌玲寺派なるものの僧侶でないということはできないというべきである。
3 このようにして、債務者藤村は住職となるための前提要件である昌玲寺派の僧侶であるとの要件を充たしているものと解されるが、本件疎明資料によると、僧侶であること(債権者山口唱子が昌玲寺派の僧侶であることは本件疎明資料により一応認められる。)と、世襲の要件とをともに満たす者が複数いる場合(債権者山口唱子が山口昌玲の子であるかどうかについては当事者間に争いがあるが、子であるとした場合)に、どのようにして住職を選任するかについては、昌玲寺及び昌玲寺派の各規則上何らの定めがなく、また、先例や慣習もないと認められるのであって、このような場合、債務者藤村が昌玲寺の住職であるか否かは、結局、条理に基づいて判断することとになる。
そこで、検討するに、前記認定の債務者藤村の経歴に、本件疎明資料により一応認められる同債務者が山口昌玲の嫡出子であること、同債務者は昌玲寺の代表役員に就任したと主張する昭和五九年四月一七日の前後を通じ、僧侶として、現実に、昌玲寺規則四条所定の目的に従った宗教活動を行っていることの各事実を総合すると、同債務者は、昌玲寺の住職の地位にあると一応認められる。
これに対し、債権者らは、債権者山口唱子こそが昌玲寺の住職であると主張しているが、本件に顕れた全証拠を仔細に検討しても、債務者藤村が昌玲寺の住職であることを覆すに足りる事実を認定し得る証拠を見い出すことはできないし、債権者山口唱子が住職であることを裏付ける事実を認めるに足る証拠もない。したがって、この点に関する債権者らの主張は採用しない。
4 そうすると、債務者藤村は、昌玲寺規則七条により昌玲寺の代表役員であると一応認めることができる。
二 以上の次第で、本件仮処分申請は、被保全権利について疎明を欠き、保証を立てさせて疎明に代えることも相当でないから、これをいずれも却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文に従い、主文のとおり決定する。
(裁判官 山下寛)
<以下省略>